相続における配偶者の居住環境と生活を守るため、日本にはいくつかの優遇制度が整備されています。配偶者居住権や配偶者短期居住権は、配偶者が住み慣れた家に引き続き安心して住めるように保障する制度です。また、特別受益の持戻し免除制度、贈与税の配偶者控除、配偶者の税額軽減は、配偶者が過去に受けた贈与や特別な利益を考慮せずに遺産を受け取ることを可能にするため、配偶者が相続で不利にならないよう保護されています。これらの制度は、高齢化社会の中で配偶者の生活の安定を確保し、公平な相続を実現するための大きな役割を担っています。
残された配偶者を守る5つの制度
1.配偶者の居住用財産の特別受益の持戻し免除の推定規定
別のコラムでご紹介した通り、被相続人が生前、相続人に対して贈与(財産を譲る)していた場合、相続時にその贈与した財産は特別受益として持ち戻されます。
例えば自宅を生前に妻に贈与している場合、この自宅財産は特別受益として持戻しの対象となり、相続財産に加味され配偶者が最終的に相続する財産の価額は、自宅の贈与がなかった場合と同じになり、生前贈与の意味がなくなってしまいます。
そこで下記の要件を満たした場合には「持戻し免除があったものと推定」してその建物や敷地は特別受益の対象としないこととし、この自宅財産を除いて遺産分割することになります。
- 婚姻期間が20年以上あること
- 配偶者に居住用の建物又はその敷地を生前贈与する
- または、遺言で贈与する
この推定規定がある場合とない場合を比較してみます。
(例)相続人は妻と2人の子供で遺産は預貯金の3,000万円。妻に生前3,000万円(相続時の価格も3,000万円)の自宅を贈与していた場合。妻との婚姻期間は20年を超えている。
<持戻し免除の推定規定がない場合>
遺産分割の際に妻への生前贈与分が特別受益として相続財産に加算されます。
妻の相続分
3,000万円+3,000万円(生前贈与分)x1/2(法定相続分)-3,000万円(生前贈与分)=0
つまり配偶者の取り分はなく、2人の子供が預貯金3,000万円を1,500万円ずつ相続する。
<持戻し免除の推定規定がある場合>
遺産分割の際に妻への生前贈与分は相続財産に加算されません。
妻の相続分
3,000万円x1/2(法定相続分)=1,500万円
つまり配偶者の取り分は預貯金3,000万円の1/2となり、1,500万円。残りの1,500万円を2人の子供が等分して750万円ずつ相続する。
これにより配偶者は住んでいる自宅と共に預貯金の1/2を相続することができます。
2.配偶者短期居住権
配偶者短期居住権は、配偶者が亡くなった後に住み続けていた住居に引き続き一定期間居住できる権利です。この制度は、被相続人(亡くなった人)が所有していた住居に配偶者が住んでいた場合、急に住む場所を失わないようにするための一時的な保護措置です。
主な特徴:
- 対象となる住宅
被相続人の所有であり、相続開始時に配偶者が住んでいた住宅。 - 権利が発生する状況
遺産分割が終わるまでや遺言で住居に関する指示がない場合、配偶者が一定の期間住み続けることができます。基本的には遺産分割が決定するまでの間、配偶者が住居を確保できるようになっています。 - 期間
原則として遺産分割が終わるまでの間ですが、それとは別に、被相続人の死後6か月間は無条件でこの権利が保障されます。 - 目的
配偶者が突然住む場所を失うことを防ぎ、次の住まいの確保や遺産分割の調整が終わるまで、住み慣れた家で生活を続けられるようにするものです。
この制度は、配偶者居住権と共に、配偶者の生活の安定を図るための重要な制度のひとつです。
3.配偶者居住権
配偶者居住権は、相続時に配偶者が住んでいた自宅を、遺産分割の一環として引き続き住む権利を保障する制度です。この権利は、配偶者が住み慣れた家を失わずに自宅以外の相続財産も平等に取得できるようにし、他の相続人は家の所有権を取得することにできるように設けられたものです。
主な特徴:
- 権利の対象
被相続人(亡くなった人)が所有していた住居に、配偶者が相続開始時に無償で住んでいた場合に適用されます。
配偶者居住権は遺産分割の協議や遺贈(遺言により贈与する)、死因贈与(死亡を原因として贈与する生前の契約)で取得することができ、登記することにより第三者に対しても居住する権利を主張できます。 - 期間
配偶者居住権は基本的に無期限で設定され、配偶者が生きている限り自宅に住み続けることができます。ただし、遺産分割協議や遺言によって期間を制限することも可能です。 - メリット
- 財産の分割の柔軟性
相続時に自宅を完全に相続するのではなく、居住権だけを取得することで、他の相続財産(預貯金など)も確保しやすくなります。これにより、住み続けながらも他の財産を取得するバランスが取れるようになります。 - 居住の安定
配偶者が亡くなった直後に住む場所を失うことなく、安心して生活を続けられる点が大きな利点です。
- 財産の分割の柔軟性
- 配偶者居住権の制限
配偶者居住権は譲渡することはできません。また住宅のうち、もともと店舗等に利用していた部分は配偶者居住権の発生後も引き続き利用することができます。
ただし居住部分を新たに収益のために利用する(賃貸に出す等)場合には建物所有者の承諾が必要です。
更に建物が被相続人(亡くなった人)と配偶者以外の第三者が共有していている建物の場合、第三者の権利を侵害することになりますので配偶者居住権は適用できません。
なお、配偶者居住権の設定には婚姻期間の制限はありません。 - 配偶者居住権の消滅
配偶者居住権は、配偶者の死亡またはあらかじめ定めた期間の経過によって消滅します。したがって配偶者が死亡した場合の相続時には相続財産の対象とはならず、子供は完全な所有権を取得します。
この配偶者居住権の制度推定規定がある場合とない場合を比較してみます。
(例)相続人は妻と子供1人で遺産は預貯金の3,000万円と居住建物(評価額3,000万円)。
<配偶者居住権の設定をしなかった場合>
相続財産の合計6,000万円を法定相続分で分割すると
妻の相続分
3,000万円+3,000万円(居住建物)x1/2(法定相続分)-3,000万円(居住建物)=0
つまり配偶者は居住建物の所有権を取得する。
子供2人の相続財産は預貯金3,000万円を1,500万円ずつ相続する。
つまり配偶者は居住建物の所有権を取得するが現金の相続ができず、その後の生活に支障が出る。
<配偶者居住権を設定した場合>
妻の相続分
3,000万円+3,000万円(居住建物)x1/2(法定相続分)=3,000万円+配偶者居住権
子の相続分
3,000万円+3,000万円(居住建物)x1/2(法定相続分)=3,000万円+建物の所有権
つまり配偶者は現金3,000万円と自宅に住み続ける権利を取得し、子供は現金3,000万円と自宅の所有権を取得することになる。また配偶者が亡くなったときには、自宅建物は相続財産とはならず、子供は完全な所有権を取得する。
この制度は、配偶者の生活を保護し、相続において不利にならないようにするための重要な仕組みで、2020年に導入されました。
4.贈与税の配偶者控除
配偶者から次の要件を満たす居住用不動産または居住用不動産の購入資金の贈与を受けた場合、その金額について基礎控除額110万円とは別に、最高2,000万円まで配偶者控除の適用を受けることができます。
またこの特例を受けた贈与財産については、控除された金額に相当する部分(2,000万円まで)は「生前贈与加算」の対象とはなりません。
適用要件
- 婚姻期間が20年以上あること
- 贈与財産が日本国内にある居住用不動産(土地、家屋または居住用不動産を購入するための金銭)
- 贈与を受けた年の翌年3月15日までにその居住用不動産に居住しており、かつ、その後引き続き居住する見込みであること
- 同じ配偶者から過去にこの特例を受けていないこと
申告書の提出
贈与財産が2,110万円(配偶者控除2,000万円+基礎控除110万円)以下で特例適用後の贈与税がゼロとなる場合でも、特例の適用を受けるためには、贈与税の申告書を提出しなければなりません。
5.配偶者の税額軽減
配偶者の税額軽減とは、相続税において配偶者が受け取る財産に対して、一定額まで相続税が軽減される制度です。配偶者が相続する際、生活を保障するための配慮がなされており、相続税の負担が大幅に軽減される仕組みです。
主なポイント
- 税額軽減の対象
被相続人(亡くなった人)の配偶者が相続する財産が対象となります。 - 軽減される相続税額の限度
配偶者の税額軽減には次の2つの基準があり、いずれか多い方の金額まで相続税がかからなくなります。
- 1億6,000万円まで
配偶者が相続する財産の総額が1億6,000万円までは相続税がかかりません。 - 法定相続分まで
配偶者が法定相続分(民法で定められた相続割合)に応じて受け取る財産についても、相続税がかからない場合があります。この場合、財産の金額は1億6,000万円を超えても、法定相続分までは非課税になります。
- 1億6,000万円まで
- 申告が必要
配偶者の税額軽減を適用するためには、相続税の申告を行う必要があります。適用しないと、自動的に軽減はされません。
例えば、被相続人が5億円の財産を残した場合、配偶者がそのうち3億円を相続しても、1億6,000万円または法定相続分の範囲内であれば相続税がかからないため、実際の税負担はかなり軽減されます。
まとめ
いかがだったでしょうか。
配偶者を保護する制度が設けられている理由は、相続時に配偶者の生活の安定を確保し、不利な状況に追い込まれないようにするためです。具体的には以下のような背景と目的があります。
配偶者の生活安定のため
高齢化社会が進む中、相続が発生するケースでは、残された配偶者が高齢であったり、経済的に自立が難しい場合が多くなっています。これまでの生活を維持するためには、住み慣れた自宅に住み続けることが重要です。配偶者居住権は、配偶者が住む場所を確保し、生活の基盤を守るために導入されました。
遺産分割の公平性確保
遺産分割の際、相続人の中には配偶者だけでなく、子供や他の親族も含まれることが一般的です。相続財産の大部分が自宅の場合、配偶者が住み続けるためには家を相続する必要がありましたが、家を配偶者が取得すると他の相続人の取り分が減ってしまうため、不公平な状況が生じることがありました。配偶者居住権は、配偶者に「住む権利」を認めつつ、他の相続人に対しても公平な遺産分割ができるように調整する制度です。
住まいの確保が困難な社会状況
不動産価格の高騰や住宅事情の変化により、高齢の配偶者が新たに住居を購入したり、借りたりするのが難しくなっています。こうした状況下で、配偶者が相続で家を手放すことになれば、住む場所を失いかねません。配偶者居住権は、こうしたリスクを回避し、配偶者が安心して暮らし続けられるようにする目的があります。
これらの理由から、配偶者居住権や配偶者短期居住権、特別受益の持戻し免除制度など、配偶者を優遇する仕組みが導入され、相続時における配偶者の権利や生活の保障を図っています。
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